野菜直売所 かなんな農園の朝市 河南菜農園

野菜直売所 かなんな農園の朝市 河南菜農園 無農薬(まったく使いません。) 無肥料(年に数回米ヌカをふりまく程度。) 耕しもせず(竹炭を入れるためにショベルを使うときがある。) 水やりもしない(雨と露で十分。) 農法でとれる野菜を販売中。

地球環境を改善するためには、農業の形を変えなければいけないんじゃないかと考えたのが26歳のとき。20年前。農業の形を変えるためには、炭素が土のなかに戻らなければいけないと考えたのが40歳くらいだったか。それを実現するためには竹炭がうってつけ...
14/08/2026

地球環境を改善するためには、農業の形を変えなければいけないんじゃないかと考えたのが26歳のとき。20年前。

農業の形を変えるためには、炭素が土のなかに戻らなければいけないと考えたのが40歳くらいだったか。それを実現するためには竹炭がうってつけだと気づいたのもその頃だ。

竹炭を大量につくり、それを土に埋めこんでいくことは農地にも良いし、炭素固定につながるのだろうということを考えながら40歳前半が過ぎた。

ヌカ炭という肥料に偶然出会ったのは46歳の今年。

ほとんど収穫できなかった野菜たちが、大量に実をつけはじめたのも今年の話だ。2026年

そして今では、この無農薬栽培のやり方を教えることと、ヌカ炭という肥料の販売を進めていくことが、地球環境改善につながる、というところまでわかってきた。

農薬の使用に税金を課すのはどうだろう?とか、そもそも販売に税金を課してみては?とか、農薬を規制するためのアイデアはいつも頭のなかに浮かんでくる。でもそれらは実現しないだろうという結論になる。その理由を今日は作文してみようと思う。無農薬栽培を...
12/08/2026

農薬の使用に税金を課すのはどうだろう?とか、そもそも販売に税金を課してみては?とか、農薬を規制するためのアイデアはいつも頭のなかに浮かんでくる。

でもそれらは実現しないだろうという結論になる。その理由を今日は作文してみようと思う。

無農薬栽培を志す人のなかには、地球環境に負荷をかけずに生活を営むためにはと考えてトライしている人もいるだろう。もしかするとそれが大半の動機かもしれない。その無農薬栽培が広く普及する理由ももしかしたら同じなのかもしれない。

理由を短くまとめてみようと思う。それは土壌微生物という目に見えない有益な生物をぼくたち人類はよく知らないから、だと思う。よく知らないどころか、知っていると勘違いしているのだ。

なぜそう思うのかというと、ぼくは最近ヌカ炭という肥料の開発に勤しみ、発酵という作用について勉強している。しかし勉強すれば勉強するほど、自分がどれほど発酵について勘違いしていたかを思い知らされる。腐るだろうと想像していたときにうまく発酵していたり、うまくいくだろうと思ったときに緑カビが蔓延っていたりする。

発酵の知識のなさにショックをうけたぼくは、そこから自分で発酵食品をいろいろ作ってみることにした。

ヨーグルトがこれだけ簡単に作れることをぼくは知らなかったし、本物のピクルスの味がこれほど芳醇だと知ったのは最近のことだ。

目に見えないことにもたくさん気づいた。そのなかでも圧巻なのは、空気中にはうじゃうじゃと酵母菌が浮遊しているということだ。ぼくたちの目には見えないからそれを認識しづらいが、ピクルスなどの発酵食品を作っているとその存在に気付かされる。

若い頃から無農薬栽培を志し、土壌微生物について勉強したつもりでいたぼくでさえこんな状況なのだ。土に触れる機会もない、殺菌工程を経ていない発酵食品を食べたこともない人たちがそれに気づくのは至難の業にちがいない。

ドラッグストアでは除菌や殺菌のための商品が飛ぶように売れている。そういう商品を買い求める人たちにもし、菌がどれほど人体にとって有益かという知識が備わったとき、はじめて冒頭で書いたアイデアは日の目を見ることになるだろう。

良いアイデアを考えることはもちろん重要だが、受け取るための器がぼくたち一般人に備わることがさらに重要なのではないかと思う。そのために何ができるだろう。

25/07/2026

自然農で15年間ほぼ無収穫だった経験がぼくにはある。

野菜ができなかった間は、ただ漠然と野菜できねーなーくらいに考えていたが、これほど重要な経験はないと今では思っている。

その15年間がどういうふうにぼくのなかで重要なのかというと、自分の中の間違えた自然観を修正できた時間だったからだ。

いろいろな考え方を修正できたと思う。

そんな中で今日作文したいのは、自然農はずっと引き算なのか?という疑問についてだ。引き算という言葉は自然農をやっていない人には、なんのことかわからないかもしれないので補足しておくと、自然農という農法では基本的に畑になにも持ち込まないという不文律がある。肥料や堆肥ですら持ち込まないのが本当の自然農だということになっている。

律というよりもそこには思想や哲学があるようにも感じる。

畑に何も足さないから、もしも野菜が収穫できたら、その分だけ化学的に引き算だというわけだ。

それでは本当に自然農とは引き算なのだろうか、ぼくはそうは思わない。

なぜなら、土のなかでなにかのバランスが崩れて、植物が自分で自分の体を守る物質(フィトケミカル)をだせなくなったら、どこからともなく虫が飛んできて野菜の茎や葉っぱを食べ始める、そしてそこにたくさんの糞を落としていったり、絶命して死体を落としていく。

夏から冬にかけてはブロッコリーにたくさん挑戦してきたが、ブロッコリーにモンシロチョウが卵を産み付けたあと、幼虫がブロッコリーを食べる風景は見ていて飽きない。しかし、そののんびりした表情とは裏腹に食べていくスピードはものすごい。自分の体の大きさと同じ量の葉っぱを食べるのに3分かかるのだろうか。3分は言い過ぎかもしれないが、そう信じたくなるような速さだ。

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このまえチャットGPT先生から教わったように、本のなかの気になった文章をノートに写してみました。鉛筆を使って。作文の練習と思いながら実践してみたのですが、その効果は計り知れないほど大きいと感じました。鉛筆がちびっていたので、ナイフで削り、そ...
19/07/2026

このまえチャットGPT先生から教わったように、本のなかの気になった文章をノートに写してみました。鉛筆を使って。作文の練習と思いながら実践してみたのですが、その効果は計り知れないほど大きいと感じました。

鉛筆がちびっていたので、ナイフで削り、そこからなんとなく書きはじめたのです。

自分が書きいそいでいることに、初めは気づきませんでした。しかし、あるときふと、もう少し遅く書いてみようと意識してみたところ、その瞬間からぼくの頭は何も考えなくなり、一種の瞑想のような状態になったような感覚でした。

鉛筆で字を書くという作業はとても久しぶりでした。久しぶりだったからか、頭が真っ白になっていく感覚が強烈でした。

仏教の教えのなかに写経というものがあることは知っていましたが、字を写す行為がなぜ仏教の教えのなかにあるのか以前から不思議に思っていました。

でも、実際に鉛筆で字を写すということをしてみたあとに、その意味がなんとなくわかるような気がします。

なぜなら字を写すということは、作文の練習というよりも、文章が右腕を通して身体の中にしみ込んでくるような感覚だからです。

とてもいいことを教わりました。文を写すということを、これからことあるごとに続けていこうと感じました。

しかし、アメリカ人とか日本人という、限定された世界から抜け出て、太古から続く自然史の中でこれを冷静に見つめる時、我々は暗澹たる気持ちに襲われるのである。浜の真砂のごとくいたバイソンをそこまで追い詰め、また、たった一種の動物をこの地上から絶や...
17/07/2026

しかし、アメリカ人とか日本人という、限定された世界から抜け出て、太古から続く自然史の中でこれを冷静に見つめる時、我々は暗澹たる気持ちに襲われるのである。浜の真砂のごとくいたバイソンをそこまで追い詰め、また、たった一種の動物をこの地上から絶やさないために、文明を誇る人間が50年近い歳月をかけて大騒ぎしなくてはならなかったとは一体どういうことなのだろうか。

しかもそのように回復されたバイソンは、もはや昔のままの野生のものとは言い難い。私はミッションクリークを見下ろす斜面で、ノロノロと草を食べている一群のバイソンを眺めながら、はるかな境界の向こうに草をはむ牧牛と、一体どこが違うのかと首をかしげた。

これは、アメリカの動物滅亡史という本に書かれていた一文だ。藤原英司さんという1933年生まれの慶應義塾大学の教授だった人が書いた本。

第1章では、アメリカという国で19世紀に大量の野生のバイソンが、どのように殺されていったかが書かれている。1976年に書かれた本とは思えないくらい、 その内容は詳しい。

第2章以降は今から読むので、内容はわからないが、目次を見ると、リョコウバトがどのように絶滅したか、そして第3章では、狼がどのようにして絶滅したか、が書かれているようだ。

第1章のバイソンの部分だけ読めたら、あとは放っておいて、他の読みたい本に移ろうと考えていた。でも第1章を読み終えた今では、第3章までじっくりと時間をかけて読みたいという気持ちに変わっている。

そもそもこの本を読んでみようと思ったキッカケはナイフの本を読んだことだった。たくさんの刃物を使う仕事上、ナイフという道具に興味を持ったのだ。

その本のなかに書かれていた『狩猟などで野生動物の命を奪うことを趣味としている人には必読の書ではないか。』

ぼくは狩猟を趣味としては捉えてはいない。農業で収益化するためには、絶対に必要な仕事だと考えている。命を殺すということも軽く考えているわけでもない。それでもこの本は大きな衝撃と慎ましい考え方を与えてくれた。

まさに狩猟をする人にとって必読の書だと思う。

05/07/2026

18世紀を生きたエイブラハムリンカーンアメリカ合衆国大統領は、ただ一人、南北戦争と奴隷制を同時に終わらせるというE難度の技を企んでいた。彼以外は到底だれも知り得ない技だったのではないかと思わせる節がある。

天動説ではなく、地動説じゃね?と問い続けたコペルニクスさん、ガリレオガリレイさん、あまりに正しいことを言っていたために処刑されていった人たちの例をあげようと思えば枚挙にいとまがない。

死んでからその功績をたたえられるようになった人たちもそうだ。ファンゴッホさんはその絵を描いていたその瞬間はとても孤独だったろうと思う。毎日は鬱々としていたのだろうか。ぼくはそうではなかったと思う。将来、この絵がどれほどの人生を救うだろうと夢見て描いていたのではないかと想像する。

かなんな農園の川崎が農業を通じてやりたいことは、ただひとつ、地球環境をよくすることだ、川を海をピカピカにし、畑のそばでは蛍が飛んでいる、そんな風景を取り戻すことに挑戦している。

すこし前までははなから無理だと考えながらも、挑戦することに意義があるという気持ちで取り組んでいたが、どうやら正しい道を進めているような気がしてならない。

地球環境がよくなったあかつきには、食料問題へのアプローチや、資本主義のスピードをどういうふうに遅くするのか、戦争が起こりにくい世界とはといったもっと大きなゴールも感じることができる。

まさしくE難度だ。

だからといってやめるつもりは毛頭ない。E難度の技をきめるつもりでこれからも動いていく。成功したと実感できるのは、おそらくぼくが死んだあとだろう。そういう事業に取り組むことに意義があると信じている。

03/07/2026

農薬を使わずに、化学肥料を使わずに栽培した野菜のほうが味がおいしいと感じたことは一度もない。

スーパーで売っている野菜とさほど味はかわらない。

味はほとんどかわらない。

味はほとんど変わらないのに、体が無農薬野菜を求めている。感情とか味覚とかではなく、なにか細胞レベルのような小さいなにかが大歓声をあげているようななにか。

最近、ぼくは発酵食品づくりにハマっている。ヌカ炭づくりのためには発酵に関する知識や技術が欠かせないからという理由が一番大きな理由だが、家族の腸内細菌の数をケタはずれに増やしてやろうという野望があったりもする。

味方になってくれる酵母菌という菌は空気中にうじゃうじゃいるようだが、それを鼻から吸い込むのでは酵母菌をうまく腸内にとどめることができない、食べるものを発酵させてそこに酵母菌に来ていただく、そこで酵母菌やらほかの善玉菌を糖分で元気になっていただき、その現場を発酵食品ごと丸呑みにすることで、腸内細菌を増やすことができる。

ワールドカップで各国のサポーターが自国スター選手のシュートに大歓声をあげるシーンを思い出してほしい。

いままさにぼくは畑のど真ん中で、ばかな大口に、土のついた手で、とったばかりのピーマンを放り込もうとしている、そうそれはまさにスルーパスだ。

土のついた手という堂安律選手からのスルーパス。

パスがくる前から動き始める前田大然選手ならぬ、ぼくの大口。

勘のいいサポーター(腸内細菌)ならスルーパスがだされるすこし前から、あれ?、きた?みたいなザワザワが起こりはじめる。

手と口の距離が近くなり、ピーマンが前歯に噛まれる。真っ二つだ。

Gooooooooooooooooooooooooal

それほど甘いわけでもない、ピーマンの味がしっかりしているわけ�

02/07/2026

無農薬という言葉ほど、いったん整理しなくてはいけない言葉も少ないのではないか。

無農薬で野菜をつくるといっても、自宅の庭で栽培している人から、大規模農園を経営している人までが同じ言葉を使う。

言葉を使っている人がそもそも多種多様なのに、SNSなどではなんの自己紹介もなく、アイコンタクトもなく無農薬という言葉が使われる。

そりゃケンカも起こる。

今日、ぼくが書きたいのは、家庭菜園でもなく、大規模農園でもなく、中小規模農業を一人でまたは数人でやっている人向けの文章だ。

20年間無農薬の栽培を勉強してきたなかででた答えのなかの一つだ。

もうすこし前提条件を足しておくとすると、

▼農薬ゼロ

▼化学肥料ゼロ

▼耕さない

▼水やりしない

こういう農法で野菜を栽培し、できれば収益までもっていきたいと思う人は山ほどいるだろうが、そこまでいけないのが実情だと思う。

こういうやり方をするときに肝要なのが、雑草をどれだけ効率的にマルチにできるか、だと思う。それを実現するためには、畝間を2mから2.3mとる。その間に溝を掘る。雑草が伸びてきたら、西側から草刈機をもって進む、野菜の南側に草マルチができるからだ。

現在、溝を作らずに野菜ができるかどうかも実験しているが、これは大量の竹炭や竹チップが手に入る状態だからできる実験だ。普通の人は浅めでもいいから溝を掘らなければいけないと思う。

#かなんな農園 #無農薬 #不耕起栽培

31/05/2026

とれ始めた桑の実
夢中でそれを食べる蜂
初めて見るてんとう虫
これは本当にてんとう虫なのか
#かなんな農園

10/05/2026

無農薬のアスパラをとってすぐに食べる。感動詞メインでお届けします。
#かなんな農園 #無農薬 #アスパラガス

住所

Osaka, Osaka
546-0035

電話番号

+819039417360

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